(29)現場で役立つ
思わぬ浸透、大きな誇り 工事・映画撮影など手書き入力
ジャストシステムの頃は、私たちは「一太郎」など机に座り、じっくりと作業ができるパソコンで使うソフトウエアを開発してきた。しかし、新たに登場したiPadにはキーボードとマウスの制約がない。
これからはいつでもどこにでも持ち出して使えるアプリを提供できる。特に状況が刻一刻と変わる現場では、待ったなしだ。少しの遅れが使う人たちにとってはストレスになる。サッと使えるアプリが求められると考えたのだ。
私はiPad向けの手書き入力アプリを開発するにあたって開発陣に、「画面を拡大してもギザギザしないできれいになるように」という注文を付けた。
こうして2012年に提供を始めたのがノートアプリの「MetaMoJi Note」だ。今では当社の看板商品となっている。
14年春、大林組の方々が我々の東京オフィスにやって来た。お話を聞くと、せっかく配ったiPadが事務所の机の中にしまわれることが多く、「現場でiPadの利用率を高めたい」と言う。
iPadはパソコンとは違って工事現場にも持ち込めて作業を大幅に効率化できるツールだと、その担当者の方は言う。だが、現場の方々の中にはどうしても新しい技術というのは受け入れたがらない人も多い。
そこで、どんなアプリを現場の人が使っているのかを聞き取り調査をしたところ、「MetaMoJi Note」を野帳の代わりに使っている社員が多いことが分かったのだという。野帳とは、建設業の現場監督が肌身離さず持ち歩いている現場の手書きメモ帳のことだ。
それならば電子野帳を作ろうと、大林組との協業が始まった。要望された機能には日付の自動追加や、TODO管理、表計算など色々とあった。これらの要望を言われた通りに実装したのではなく、我々からもユーザーの使い勝手やiPadの特長を考えた上で積極的に仕様を提案していった。
15年に完成した「eYACHO」は、大林組の方々の当初の想像を超える製品に仕上がったと自負している。今では建設現場だけでなく広く使われるようになっている。eYACHOから建設業特有のコンテンツを外し、もっと広い職種の現場の方々に使ってもらえるように工夫を重ねて開発したのが「GEMBA Note」だ。
我々の狙い通りに色々な現場で使われ始めている。プラントでの保守点検や設計といった建設業に近いところはもちろんのこと、面白いところでは映画撮影で使われるようになった。
秦の始皇帝にまつわる物語を描いた「キングダム」などヒット映画を多く生み出している佐藤信介監督は、撮影現場のみならずロケハンや小道具のスケッチなどで利用されているという。撮影所に見学に行った際には、佐藤さんとスタッフの間の連絡手段として使われていた。私にとってうれしい限りだ。
歯科医の診療現場でも採り入れられた。紙ベースのサブカルテで診療記録を管理していて大変だったところ、このアプリが評価された。
思えば、日本人の知的生産性の向上に貢献するとの志は、一太郎を生み出した頃となんら変わりない。当初は思ってもなかったような様々な現場で我々のアプリが活躍していることは、私と初子にとって大きな誇りである。