(27)再出発

「文字を超える」に挑む
基礎研究エンジニア陣と新会社

キーエンスから約44%の資本受け入れを決めてから1カ月後の2009年5月のことだ。キーエンスから我々ジャストシステムの扱いについての提案を受けた。基礎研究は不要とのことでチームの解散を要求された。

 

このチームを率いるのは専務の初子だ。すでに副会長に退くことが決まっていた。だが、優秀な研究者が集まるジャストシステムのエンジニアたちをこのままみすみす解散させていいものか。初子と話し合った結果、初子がジャストシステムを離れ、彼ら彼女らを引き連れて独立しようということになった。

私は会長としてジャストシステムにとどまることになっていた。初子の新会社にいずれ合流したいと考えてはいたが、それも数年後になるだろうと漠然と思っていた。

初子が新会社設立の準備を進めていた10月の終わり頃のことだった。この新会社とジャストシステムとの関係を整理する中で、私も同時期にジャストシステムを退任する方が望ましいということになった。

私にとってはそのあたりのことはどうでもよかった。もう一度、初子とともに、そしてジャストシステムを一緒に築いてきたエンジニアたちとともに、新しいことにチャレンジしていこうと思うようになっていたからだ。

あれは初子たちが東京の神谷町に準備オフィスを借りて、エンジニアたちとともに新会社で何をするかを議論していた時のことだ。詳しい内容はあまり覚えていないが、皆の話がとにかく面白そうだなと思ったことだけは覚えている。私も皆と一緒に新しい一歩を踏み出したいと切望するようになっていたのだ。

こうして私はもう一度、初子と会社を立ち上げることを決めた。

新会社の社名について当初は「ゴーガッサ」に決めていた。恒河沙(ごうがしゃ)から採った名前だ。10の52乗、つまり果てしなく大きな数字を表す言葉。インドの大河、ガンジス川にある無数の砂を意味するのだという。

無限の可能性を追い求める新しい会社の名称として、我ながら良い名前だと思ったものだ。実はこの社名で登記も済ませていた。

ところが、カナダのバンクーバーで、前述した検索システムのコンセプトベースを開発した米国人にこの社名の話をすると「えっ? 『それだとガソリンスタンドに行け』みたいだよ」と言われてしまった。ゴーガッサが「Go gas, ah!」に聞こえるのだという。

そのまま新しい社名を考えることになり、出てきたのが「メタモジ」だった。メタには超えるという意味がある。「文字を超える」。ジャストシステムは一太郎という画期的な日本語ワープロソフトを世に送り出した。次の会社はそれを超えるようなものをつくる。こんな意味を込めて設立したのが「MetaMoJi」だ。私が社長で初子が専務。二人の再出発だ。

60歳で選んだ夫婦での船出。では、新しい会社で何をやるか。すでにアイデアはあった。やりたいことは尽きないのだ。ただ、この後も新たなテクノロジーとの出会いがきっかけで我々は急きょ、進路を変更することになった。

もっとわくわくする方へ――。まさに30歳でジャストシステムを立ち上げ、この国に日本語ワープロソフトを根付かせた時のような可能性と、私と初子は出会ったのだ。

 

妻の初子(前列中央)と再び起業した(筆者は前列左から3人目、2010年)